減損へ至る道 - はてな上場

 はてながついに上場するらしい。
hatenacorp.jp

 はてなといえば「はてなブックマーク」と「はてなブログ(はてなダイアリー)」の課金収入や広告収入で売上をあげている会社というイメージだが、同社の新規上場申請のための有価証券届出書 Ⅰの部を見ると、受託開発やインフラ運用支援サービス等も行っていることが分かる。

受託開発について

 実は、はてなの最大の売上先は任天堂である。上場直前期の売上の約30%を任天堂が占めている。
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 これはWii Uと3DSに内蔵されているネットワークサービス「Miiverse」の開発・運営費用だと思われる。MiiverseはMii(任天堂のプラットフォーム内で使えるアバター)を使って他ユーザーとゲームに関するコミュニケーションができるサービスで、2012年11月から運営されている。
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 Miiverseの開発にはてなが携わることになった経緯は社長が訊く『Wii U』 Miiverseプロデュース篇|Wii U|Nintendoに記載されている(以下引用)。

岩田(※ 当時任天堂の代表取締役社長だった岩田聡氏)
それで『Miiverse』のサーバー開発をはじめるとき、
水木さんとふたりで、近藤さんに会いに行ったんですけど、じつはふたつの理由がありました。
ひとつは『うごメモ』でおつき合いがあったこと。もうひとつは以前、近藤さんから
ネットワークサービスに対するご提案をいただいたことがあったからなんです。
その話は、水木さんの話とイコールではありませんでしたが、内容には関連がありました。
ですから、「この開発をするなら、以前、任天堂に提案をしてくれたはてなさんに、
まず最初に話を持っていかないといけない」と思って、近藤さんにご相談に行ったわけです。

インフラ運用支援サービス"Mackerel"について

 はてなは上述のMiiverseや自社サービスにおいて多数のサーバを運用しており、その知見を活かしてインフラ運用支援サービス「Mackerel」を展開している(Mackerelは英語で「鯖」という意味)。

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 Mackerelは「エージェント」と呼ばれる小さなソフトウェアをサーバにインストールすることでリソースの監視や応答時間・エラー率等の計測、アクティブユーザー数等のKPI収集が簡単に行えるようになるサービスで、2014年9月に正式にリリースされた。サーバの導入台数に応じて料金がかかる他、導入支援料金等で売上を上げているようだ。

減損へ至る道

 本題に入ろう。
 はてなは上場直前期にあたる平成27年7月期に77,299千円の減損損失を計上しているが、これは全て上述のMackerelを減損処理したことによるものである*1。直前期の税引前利益が78,062千円なので、利益の実に半分が減損損失で消えていることになる
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 資産の減損は以下のプロセスで行われる。減損に係る会計基準の適用指針も参照。

 はてなは個別のサービスを1単位として資産のグルーピング*2を行っている。つまり、Mackerel単体で減損の検討をすることになる。そして検討の結果、はてなと監査法人はMackerelに減損の兆候*3があるとした。そして、Mackerelの価値を算定するにあたり、将来的に獲得が見込まれるキャッシュ・フローを割引率*4で割り引いて計算した。その結果、Mackerelの現在価値はマイナスであるとして、もともとの帳簿価額を全額減損損失として計上し、減損の注記*5を行った。

 ここで気になるのは、Mackerelというサービスの継続可能性である。Mackerelから将来にわたって回収できるキャッシュ・フローの割引現在価値がマイナスである以上、このサービスを続けることは通常であれば難しいと考えられる。

 しかし、去年の7月に減損によって帳簿上の価額がゼロになったにも関わらず、昨日もMackerelの開発者ブログは更新され、はてな主催の勉強会が行われたりキャンペーンを打ったりしているようだ。

 おそらく、はてなの経営陣としてはMackerelにこれからも投資していく&将来的に投資額を回収するつもりなのだろう。そうでなければ全額減損した半年後も積極的な広報活動を行っていることの説明がつかない。

 しかし、上場にあたって監査法人から監査意見を得る必要があり、その過程で減損せざるを得なかったのではないか。会社としては上場直前期かつリリースしたばかりのプロダクトを全額減損する(そして直前期の利益の半分が消える)というのは受け入れ難いと思うので、監査法人と揉めたかもしれない。

 別の見方としては、Mackerelから上がる収益が不透明で上場後に減損の可能性がある場合、多額の減損損失によって株価に悪影響を及ぼすことが予想されるため、それを防ぐために監査法人と合意の上で*6事前に減損したということも考えられる。経営陣が儲かりそうだとして投資継続の判断をしているのに減損するというのは何とも奇妙だが、会計上のルールなので仕方がない。

 個人的には、はてなには大規模Webサービスの長年にわたる運営で培われた技術力があると思うので、それを活かしたMackerelのような事業にどんどん投資してほしい。

 はてなの新たなチャレンジに期待しよう。

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*1:余談だが、12ページの「業績等の概要」では「クラウド支援サービス「Mackerel」の新規取引先獲得が堅調に推移し、更なる成長基盤が確立されております」とMackerelが好調であることをアピールしている一方で、損益計算書では回収可能価額をゼロとして減損損失を計上している。

*2:ほかの資産グループのキャッシュフローから独立したキャッシュフローを生み出す最小単位の資産を「資産グループ」としてまとめること

*3:「固定資産の減損に係る会計基準」では次の4つを減損の兆候として例示している ①資産または資産グループが使用されている営業活動から生ずる損益またはキャッシュフローが継続して赤字となっているか、あるいは、継続して赤字となる見込みであること ②資産または資産グループの使用されている範囲または方法について、当該資産または資産グループの回収可能価額を著しく低下させるような変化が生じたか、あるいは生ずる見込みであること ③資産または資産グループが使用されている事業に関連して、経営環境が著しく悪化したかまたは悪化する見込みであること ④資産または資産グループの市場価格の下落

*4:はてなは年5%としている

*5:減損会計基準の適用指針58項

*6:監査法人は利益を保守的に見積もるインセンティブがある