愛と幻想のファシズム

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」

村上龍「愛と幻想のファシズム
Amazon.co.jp: 愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫): 村上 龍: 本

激動する1990年、世界経済は恐慌へ突入。日本は未曽有の危機を迎えた。サバイバリスト鈴原冬二をカリスマとする政治結社「狩猟社」のもとには、日本を代表する学者、官僚、そしてテロリストが結集。人々は彼らをファシストと呼んだが……。これはかつてない規模で描かれた衝撃の政治経済小説である。

この本を初めて読んだのは高校2-3年生の頃だったと思う。きっかけは高校生だった2005年当時、著者の「半島を出よ」を読んで他の作品も読んでみたいと思ったことだった。学校の図書館には「共生虫」や「五分後の世界」は置いてあったが「コインロッカー・ベイビーズ」や本書は置いておらず、本屋まで買いに行ったのを覚えている(そしてその本は10年以上私の本棚に残り、最近はPDFとなって今このブログを書いているPCの中に入っている)。

ファシズム(fascism)の語源はイタリア語で「束」を意味する「fascio」で、その特徴は反自由主義、反共産主義、暴力の肯定、カリスマ的個人による命令、行動の規律、集団に対する個人の絶対的従属、等さまざまだ。ただ当時高校生だった私にとって「ファシズム」という言葉は第二次世界大戦枢軸国側の政治体制を表す言葉に過ぎなかった。

本書の主人公「トウジ」と副主人公「ゼロ」、2人の作った政治団体「狩猟社」も彼らと同じように、暴力によって敵対する者を粛清しつつ勢力を拡大する。物語は一人称視点で進行し、読者はトウジと狩猟社によるファシズムの拡大をなぞっていく。私は本書を読み進めるに従って、自分の中に既存の社会システムの破壊者としてのファシズムへの期待感を見、そしてそんな自分を嫌悪するようになった。

この本を読んで「ファシズム」に対する私の印象は変わった。憎むべきはファシズムを主導したカリスマ的指導者や幹部等ではなく、ファシズムを生み出したシステムである。権力への渇望、思考停止、外的な脅威への対処としての統制など、反ヒューマニズム的要素が絡み合い、それらを肯定する者たちがカリスマ的指導者を中心に結束する。ファシズムは決して過去のものではなく、その芽は現代でも至るところに存在している。